Floating Points Crush(記事翻訳)

pitchfork.com

 

xxのウォームアップアクトとして「鈍くて奇妙な」音楽を演奏した日々の後、Sam Shepherdはその実験的なエネルギーを、やんちゃかつメロディックな削ぎ落とされたアルバムに昇華した。

Sam Shepherdは周到な人物だ。膨大なレコードコレクションのために珍しいレコードを探すとき、難解なモジュラーシンセサイザーを配線するとき、ライブでの最新のループをまとめるとき、常に仕事の細部にまで注意が向けられている。電子音楽では他の追随を許さない(数年前に神経学の博士号を取ることもできたので、明らかに彼は他の努力も怠っていない)。ロンドンを拠点に活動するシェパードは一見オタクのようだが、熱意にあふれている。そして、彼の10年にわたるキャリアのステップはその慎重な思考によるもののように見える。2015年のデビューアルバム、Elaeniaでさえダンスフロアを驚かせていたが、今作で改めて彼のサウンドの進化を知ることとなった。

彼の慎重さ考慮するならば、Floating PointsのフルアルバムCrushをわずか5週間で制作したことは驚くべき事実だ。このアルバムはxxの2017年ツアーのオープニングアクトの直後生まれた。完全なライブアンサンブルでの数年間に渡るElaeniaツアーの後、シェパードは突然2万人規模の会場でステージに単独で登場し、ローランドのドラムマシンとBuchlaシンセだけで即興演奏を見せた。彼は最初はもう少し穏やかにするつもりでしたが、すぐにその計画を撤回し、  代わりに混沌とした雰囲気を受け入れ、彼が「人生で最も鈍く、奇妙で、難しい音楽」と表現するトラックでダンスフロアを暖めることを選んだ。それは危険な選択だったが、xxのオープニングアクトに手応えを感じ、スタジオに戻ったときにはこれらの要素に焦点を絞った機械実験を続けると決めた。

この事実を知ると、Crushは激しく熱狂的な努力の結晶であると思うかもしれない。しかし、Shepherd優雅さを犠牲にすることはなかった。歪んだリズム、激しく振動するシンセからは、xxとの荒々しいライブショーを想起させるが、LPはその最高潮の瞬間であっても驚くほど旋律的で美しい。トラックは陰鬱とも言えるシンセのフレーズとふさぎ込んだバリトンで始まる。それらが混ざり合ってゆっくり空に向かってゆく頃、活き活きとしたブレイクビーツがゆっくりと姿を表す。 最後に楽曲は熱狂に達し、ダンスフロアに引き込む。

Crushはクラブを失望させることはない。“Last Bloom”はフロア向けの1曲だ。曲の軽快なメロディーが浮かび上がると、UKガレージを思わせる、わずかに調子外れなドラムパターンが揺れる。シェパードの親友の二人であるフォーテットカリブーの曲のように聞こえるかもしれない。LesAlpxも見逃せない。このトラックは、2014年の「Nuits Sonores」との共通点が見える。Floating Points史上、最も激しい曲だが、LesAlpxはより複雑で、正当なテクノの領域に足を踏み入れた。歪んだモジュラーとテクニカラーのフレーズがギャロップのリズムの上に咲く。

Shepherdは、初期のクラブ体験とそれがに彼の音楽の見方に影響しているかについて語ってきた。そしてCrushは2000年代後半のロンドンクラブシーンの繁栄の遺産にどれだけ影響を受けているかを示している。アンダーグラウンドハウス、テクノ、ガレージ、などのレフトフィールドのリズムと一緒に、初期のダブステップが流れていた。特に注目されるのは、Four TetTheo Parrishなどのアーティストのオールナイトセッションのホストを務めたPlastic Peopleなどの会場と、FWDのような画期的なダブステップイベントだ。その頃は実験と異種交配が最高潮に達していた。このジャンル融合の時間は最終的に見ればつかの間だったが、UKシーンを活性化し、Shepherdを含む新世代の若いプロデューサー
を輩出する土壌となった。

CrushはPlastic People(残念ながら2015年初めに閉鎖)への明確なオマージュではないが、アルバムはクラブのオープンマインドで音楽第一の精神を体現しているようだ。ジャズ好きでレコードをよく漁り、アンサンブルアレンジをし、古典的な訓練を受けており、適切なダンスミュージックと呼ばれるものをたまにしか作らないシェパードは部外者と言ってもいいかもしれない。それにもかかわらず、英国のエレクトロニックミュージックにおける重要な時代を受け継ぐ世代の理想的な旗手となった。CrushはFloating Pointsのよりダンスフロア指向への回帰のようなものだ。Elaeniaやロックの影響の色濃いReflections -Mojave Desertと比較すると、今作はモジュラーシンセシスバロックニューエイジIDMなどの領域に侵入し、音響的にも多様な取り組みが垣間見える。

静かなトラックも素晴らしい。Falaiseの大釜の中で煮えたぎるようなストリングスとシンセサイザーからレコードは始まる。徐々にオーケストラがクレッシェンドに膨らむにつれてドラマが構築される。ざわめくモジュラーで構築された憂鬱な子守唄のように響く穏やかなスケッチのSea-Watch。Requiem for CS70 and Stringsのクラシカルな感性とBuchlaによって生成されたニューエイジサウンドの組み合わせはスザンヌチャニの最初のソロアルバムのにおける魔法を思い起こさせる。

Crushの音楽的実験の成果を聞くとき、フローティングポイントがスタジオにこもり、マシンをいじくる姿を想像することができる。Apoptose Pt.1およびApoptose Pt.2は、Buchlaの沸き立つようなリズム上に構築されていますが、両方のトラックに、1990年代のIDMのパーカッシブなピンポンを合わせた。Anasickmodularでは実験を更に深める。希薄なメロディとガレージのビートは渦巻くシンセの突風によって崩れ、吹き飛ばされる。カオスの要素は、Floating Pointsの思慮深いアプローチとは正反対に見えるかもしれないが、何よりも新しく、Crushは彼がノイズとパワーを利用することを習得したことの証だ。ライブではノイズは手に負えない要素へ変貌を遂げる。しかし、LPでは茶目っ気のある要素だ。

おそらくこれこそが彼が求めていたものなのだろう。ElaeniaはShepherdの音楽観を五年かけて蒸留したものだった。しかし、その際、ダンスフロアの衝動はどこかに追いやられてしまった。一方、Crushは彼の芸術的な視野を完全に描写し、フロアの感性をミックスに取り入れながら、これまでで最もリラックスした取り組みのように感じた。Sam Shepherdは常に細部にこだわる人かもしれない。だが、今回は5週間で十分だと判断した。そのとおり、彼は必要なことはすべてやったのだ。彼は結果に満足していた。最も重要な判断はいつ筆を置くのかということだ。