小説を書く

8月の終わりから小説を投稿し始めた。長らくやりたいと思っていたのだが、なかなか形にならなかった。あるとき、1000文字を目標にしてみようと思ったときにまとまり始めた。そうしてゆくと自分のやり方が決まってきて、1000文字をこえられるようになってきた。

 

いま、自分が何を書いているのかということを意識することが大事なのかなと言うのがやり始めたときの印象。状況を描写したいのか、会話を書きたいのか。時間を止めたいのか、進めたいのか。こういうことがわかっていなかったのだろうなと思う。

 

これからも短いものをたくさん書いて自分のリズムを見つけてゆきたいと思う。長編に取り組むことは恐らく無い。一つの話に長く向き合い続ける力はいまの自分には無いと思う。1000文字を目標にしてその結果3000文字とかそれ以上になることもあると思う。それくらいを常に目安にしたい。

FFⅧ in 2018

何を思ったのかタンスの奥からプレイステーション用のファイナルファンタジーを出してきてプレイし始めた。なんかそういう気分だったのだと思う。このタイトルがリリースされたのが1999年で、そろそろ20年が経つというのも全く無関係ではないと思う。何事もそれくらいがちょうど振り返るのにいい時期だ。10年では古くてクールではないと感じてしまうことも多いだろう。

 

最後にプレイしたときからリアルの人生でいろいろ経験して、それによっていろいろ気がつくところもある。単純にストーリーの中で忘れていたこともあるし、プレイしていて非常に新鮮だ。また、その「記憶の欠落」というのがⅧのストーリーにおいて重要な要素でもあり、そういったリンクも楽しむことができている。

 

ファンサイトの情報によるとは累計8.15millionファイナルファンタジーシリーズ(XV)で5番目に多い数字だ。ちなみに1番多いのはVII10.658million。Ⅶの人気の高さを肌で感じることは難しくない。後日談、スピンオフやリメイクの情報まである。しかしながら、Ⅷが日本国内で評価されているようには感じない。

 

それがなぜかの考察はここではしないが、発売日(約20年前)、にFFⅧを買った人の中にはたくさんの小学生(当時)とか中学生(当時)が含まれていたと思う。そして、その時にプレイした時の感想のままの人がたくさんいるような気がする。小中学生にラブストーリーが理解できないとは言わないけど、年齢を重ねる事によって見方が変わる点が多い作品だと思う。

 

例えば、初めてプレイしてからその後の人生で、口数の少ないあなたの心をひらいてくれる誰かに出会ったり、年を重ねることによって記憶の大切さに気づいたり、恋人ができるだけでもこのゲームの捉えかたは大きく変わると思う。

 

モンスター倒してレベル上げなんてほとんどしなくていいし、カードゲーム楽しいし。

「お願いだからもう一回プレイしてみて。」と言いたくなるFFⅧ。改めて見直されてほしいなと思っている。

Hands in a Manga

Hands are important. They often work like facial expression. But, drawing hands is difficult. A hand consists of many small parts and, there are many types of forms(opened, holding something, V sign and so on).

 

In addition to that, hands should be caricatured to fit in a manga style picture. I found many books on drawing hands in reality but, it was difficult to find a clue for manga style hand.

 

So, I experimented to find a good way. The based picture is in a balance of reality and, the other one is what I caricatured. 

 

Based

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Caricatured

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The points I found are:

 

· Tighten up and extend a finger

 

· Emphasize corners

 

· Try not to draw nails

 

I caricatured refer to pictures of Tokyo 7th Sisters. The hands were nicely caricatured. 

I'm OK as long as it works

I bought the MacBook Pro 10 years ago. It is still working well and, I love it. But, the 4GB RAM and Core 2 Duo machine is old somehow, especially on making music. I have thought to buy a new Mac for more than five years but, I couldn't find any candidate.

 

Ten years ago, I thought Apple was cool; it was only a brand to buy. Good looking machines and well-organized software were perfect. But, now, it isn't.

 

Talking about the software, still good but, there is no hardware I want.
It is completely packaged and, with no extra space to expand. Apple has tried to cut the room for this ten years. It's OK if you can afford the new machine every two years but, I can't.

 

So, bought a new Windows machine. It could not be in ten years ago. I think the interface of Windows is getting better; I like flat design. For me, the way it looks is the most important.

 

Of course, I keep on using my MacBook Pro as well.Now, I'm OK as long as it works. Windows or Mac doesn't matter. I don't know if current Windows OS is better than Mac OS but, I will try. Let's see what's happening.

Eye style

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Eyes are the most important parts when you draw an anime character. Eyes define the whole image of the character; there are many types. Mostly, these days, people use gradation tool and blending modes but, I wanted to draw complete Black&White Style like Manga. And also, I tried to make the black part small.

It was not easy for a beginner. If the black part were too small, a character looks empty. I tried many ways to keep Black&White balance; some worked and, some didn't work.

Eyes are delicate. Small changes made a big difference. I'll keep on learning many ways to draw eyes.

 

PaintsChainer感想

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 -PaintsChainerについて

人工知能を活用し、線画に自動的に着色してくれるWebアプリ。3種類のアルゴリズムが用意され、ユーザーは任意の中から選択することができる。

 

-かなり使える

このペイント機能が使えるかどうかということについては様々な意見があることが想像できる。それは使う人がどの程度の期待をAIに抱いているかだったり、求める結果といかに近いかによる部分が多いと思う。個人的な印象としてはかなり使えるといった印象。私が具体的に何を指して「使える」と感じているかをいかにまとめたい。

 

-すばやくイメージを固められる

線画が描き終わって、次に彩色に行くわけだが、手をつけ始める前に一度PaintsChainerに読み込ませる事によって、色が置かれた場合のイメージをとにかく早く作ることができる。その利点は、その線画の問題点に自分自身が気づくことができることだと思う。私自身がまだまだデジタルペイントを初めて1年半くらいということもあり、まだまだ技術的に拙い部分がたくさんある。色が置かれることによって、それまで気にならなかったようなポイントに目がいくのはそれだけでも助かる。

 

-アルゴリズムが生きる線画

機械学習がベースにあるアルゴリズムの能力を最大限に活かすにあたって、重要なことの一つはそのアルゴリズムが自分の線画をどの程度理解してくれているかどうかということだと思う。陰影のない線画そのものからどの程度立体感を感じられるかによって、影のつくポイントの正確さが大きく変わってくるように個人的には感じている。つまりこれも前項と同様、その線画の問題点を探すツールとしての活用方法だ。絵を描いている本人は当然、自分が何を描いているかを理解している。しかしながら、同じ絵を自分以外の誰かが見たときに自分と同じように知覚してくれるとは限らない。

 

-学習ツールとしての機能

前の2項目で述べたように私自身がPaintsChainerを「使える」と評価している理由の一つが学習ツールとしての側面だ。PaintsChainerを使うことによって客観的な視点を得ることができる。それによって、着色を始める前の段階で線画の修正点に気づくことができ、より早い段階で絵をより良いものにする機会を与えてくれると言うのはそれだけで便利なことだと思う。ただ、やはりそれだけでは物足りないというのが人間というものかもしれない。次に、実際にPaintsChainerを活用した「作品」制作について考えたことについてまとめたい。

 

-それだけで完成させない

結局の所、感じたのはこれ。PaintsChainerが吐き出した結果をベースとして更に加工をしてゆくというのが個人的に最もしっくりきた。このページの頭に添付した画像はPaintsChainer(かんな)によって導き出された結果をイラストレーターに読み込み、色彩の補正、目のハイライトの修正などを行ったものだ。PaintsChainer上で完結させようと努力すればするほど結果は遠ざかってゆくように感じられたというのが正直なところだ。しかしながら、その後に改めて修正するつもりでいれば多くのことに目を瞑ることができ、作業全体としてもスムーズに進んだように感じた。

 

-目をどうするのか

具体的な部位について述べるならば、特に線画に工夫が必要なのは目だと感じた。デジタルで透き通るような目を描かれる人たちは複数のレイヤーと様々な描画モードを駆使して目を塗り進めてゆくわけだが、すぐにそれと同じような結果をAIが導き出してくれるほど世の中は甘くないようだ。PaintsChainerに読み込ませるにあたって高い確率で目についてのいい回答を得るために私がしたことは目を白黒はっきりセパレートにする形を取るようにしたことだ。きれいな結果が得られていたお手本の絵に倣ってそうすることにした。お手本として準備されている絵がどうしてうまく行っているかを考えることは目に限らず効果的だと感じている。

 

-意外な配色

描き手は線画を制作している段階である程度色を想像して描いていることが多いのではないだろうか。PaintsChainerを使っていて個人的にポジティブに感じていることの一つはその想像とは大きくかけ離れた色を提案してくれることろだと感じている。「絶対に自分ならこんな色を置かない。」というのは例えば人工知能と対局している棋士が「人間なら絶対にこんな手は指さない。」という感覚に近いのかもしれない。個人的にはこの配色についてポジティブに捉えている。ただ、これが常にポジティブであるとも考えづらい。例えば2次創作をしていてある特定のキャラクターを描いている場合、描き手には絶対的な正解の髪の色があると思う。そこからかけ離れた色彩を提案された場合にはポジティブに捉えることは難しいだろう。

 

-AIの結果をもとに何ができるか

PaintsChainerのような機能を使って何かを作るときに重要なのは、こちらが妥協できる部分は妥協して、AIが導いた結果を元にしてどうしたらより良い結果を得られるかということを考えることだと思う。最終的なビジョンは決めずに、AIという自分以外の何かが提案した回答に対して更に改善をする、折り合いをつけるというのは絵に限らず人工知能と人間の付き合い方として重要なことなのではないかと思う。

 

-我々はAIに多くを望みすぎていないか

PaintsChainerを一度使って自分のイメージ通りにはならず「使えない」と判断して人はたくさんいるのではないか思う。はっきり言ってデジタルツールでの彩色の技能を予め持っている方にはこんなもの不要だと思う。また、そのような技能がなくとも「人工知能」という魔法のような言葉とはかけ離れた結果だったために「使えない」と判断した人もたくさんいると思う。私も最初はそうだった。ただ、芸術における現段階での人工知能の活用方法について考えてゆく中で、「こう捉えればいい」というポイントを複数見致してゆく中で私は「使える」と評価するようになった。特に人工知能という分野に携わっていない私を含む多くの人々はAIに多くを望みすぎているような気がする。例えば、「将棋で名人を倒した」という事実はセンセーショナルであり、それゆえに皆多くの期待をAIに寄せてしまうのはわかる。ただ、各分野ごとに得て不得手はあるだろうし、研究の進捗の度合いも違うだろう。私は音楽制作も行うのだが、(その定義はさておき)「AI」と名のついたツールはデジタルペイント以上に出回っているように感じている。今回、PaintsChainerを触ってゆく中で考えたのははAIに対して「何をどの程度期待することが適切なのか」ということだ。AIにすべてを委ねるのではなく、こちらもAIに対して考える必要がある。特に、便利ではあるが完璧ではないものに出会ったときに。

 

PaintsChainerに読み込ませた線画

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